Lost Knight
〜迷子の騎士〜

認められようと必死になって。
周りが見えなくなって。
それで一体何が得られるんだろう。
自分は強いと虚勢を張ってみたりして、
一体どうやって大切なものを守るのだろう。
そうじゃなくて、すぐ近くを見ればいい。
きっと、ちゃんと見ていてくれる人がいるから。
 
 
 
 
 
「じゃあ、俺はここまでで」
森の入り口でユウヤは立ち止まって言った。
「ん。ありがと」
素直に礼を言うとユウヤはきまずそうな表情をした。
「あのさ、気をつけてよね。君が死ぬと色々大変だし。
 アイリス様、ちゃんと連れて帰ってきてよ」
早口にそう言うと、またきまずそうに下を向いて黙る。
何なんだろう、と思いつつ森に足を踏み入れる。
「じゃ、行ってくる」
そう言うとユウヤはますます気まずそうな顔をした。
そして、ぽつりと
「ちゃんと無事に帰って来なきゃ呪ってやる」
と早口で呟いた。
思わず笑みをこぼしながらユウヤを振り返ると、
「早く行けっ」
と怒鳴られた。
気合いを入れながらゆっくり森へと入って行く。
待ってる人がいるんだから。
アイリスを連れて早く帰ろう。



森の中は異様なほどに綺麗だった。
深緑の葉も、つるりとした幹も、綺麗だった。
綺麗すぎて、まるで作り物めいていて、それが少し不気味だった。
「っていうか、アイリスはどこだよ…」
美しい森の中を歩きながら一人愚痴をこぼす。
そんなにすぐ見つかるとは思ってはいないが、早く見つけて、
この森から一刻も早く立ち去りたいと思った。
綺麗すぎて、ここは怖い。
「アイリスー。出てこーい」
黙って探すのも気詰まりで、大声を出してみる。
しかし、茂みが動く気配はないし、音を立てもしない。
聞こえていて出てこないのか。聞こえないほど遠くへ行ったのか。
「ちっくしょぉ…」
まだ森に入ったばかりなのに、疲れていた。足も重い。
木の幹に腰を下ろして、少し休息を取る。
「なんで、こんな早く疲れんだろ…?」
ため息と共に疑問を口にするが、当然答える者はない。
もう一度盛大なため息をついて、立ち上がる。
「うしっ」
気合いを入れ、進もうとした瞬間。
後ろで小さく茂みが音を立てた。
驚いて振り返ると、微かだが確かに茂みが小さく揺れた。
素早く茂みをかき分けるが、何もいない。
しかし、そこに何か落ちているのを見つけた。
緑色に、小さく輝いている。
拾おうとすると、光は弱くなり、やがて消えた。
「・・・・何だ?羽?」
光っていたのは薄緑の羽。
それも、この森と同じように信じられないくらい美しかった。
しかし、森とは違ってこの羽を怖いと感じることはなかった。
ミナミはそれを服の左胸につけておいた。
お守りになる気がしたのだ。
「っていうか、この服は動きにくいよな…」
森に入る前に気づけばよかったのだが、慌ただしくて着替える暇
などなかったし、どうせ着替えてもスカートだったろう。
「くっそぉ。めんどいな」
ミナミは無造作に少し長めのスカートの裾を破いた。
膝上になったスカートを広がるのを押さえるため絞って太股の辺り
で括る。だいぶ間抜けな格好になっていた。
「・・・うん。まぁ、見てくれは微妙だけどな」
下におろしていた剣を肩にかけ直す。
「うっし。今度こそ行かなきゃな」
再び気合いを入れ直す。緑の羽に小さく光が灯った。
 
 
 
「アーイーリースゥー。でっておいでぇー」
時間の感覚はよくわからないが、すでに1時間は経っている。
しかし、アイリスは一向に見つからない。
「くっそぉぉぉ。めんどいなぁ。疲れたぞぉー」
およそ女とは思えない悪態をつきつつ前へ進む。
「アイリスー!!!!いいかげんにしろぉー!!!!!」
大きく背中を反らせ、大声を出したとき。
少し離れた場所で微かな声がした。
「アイリス?」
もう一度ミナミが叫ぶと、もう一度声がした。
今度はちゃんと聞こえた。
「助けてよぉ・・・」
すぐに駆け出す。
聞こえた方向へと感覚で進む。
合ってるのかどうかもわからない方向へひたすら走った。
確かに、アイリスの声だった。
助けて、と言っていた。
ならば走るしかない。アイリスを連れて帰ると約束したのだから。
 
 
 
ひたすら走って、意識が飛びかけた頃、小さな人影が見えた。
「アイリス!!!」
呼びかけると顔をこちらに向けた。アイリスだ。
血と土で汚れた顔を泣きそうに歪めていた。
渾身の力を振り絞ってアイリスの元へ走る。
「お、おまえ・・・。なんで・・・」
泣きそうな顔を泣くまいと必死でこらえている。
構えた槍をミナミを拒絶するようにこちらに向ける。
「アイリス!怪我は!?」
顔についた乾いた血を見て、顔を蒼くして聞く。
アイリスは面食らったように大きな目を瞬いた。
「ちょ、ちょっとしかしてない・・・」
顔を背けてばつが悪そうに答える。
しかし、よく見てみると顔や腕には細かい傷があり、さらに膝と
肩には大きな裂傷がある。ちょっととは言えない状態だ。
「何と戦ってたんだ?」
ミナミが聞くと顔を背けたままぼそりと、
「よく、わからない・・・」
と泣きそうな声で答えた。
「お前が来たら、どっかいっちゃったんだよ」
まるでお前のせいだ、と言われているみたいだった。
「なぁ、アイリス。お前さ、何がそんなに気に入らないんだ?」
目の前の小さな女の子に向かってゆっくりと言葉をはき出す。
「あたしが気に入らないのか、みんなが認めてくれないのが
 気に入らないのか。一体何にそんな怒ってんだよ」
言った途端、キッとこっちを睨み、槍を突きだしてきた。
鼻先に止まった槍の先端が細かく震えている。
「全部だよ。お前も、兵たちも、ルーシャもアリーナも!
 みんな気に入らない。みんなむかつくんだよ。アタシを子供扱い
 しやがって。誰一人、アタシを一人前として見てくれない。
 アタシは強いんだ。強くなったんだ。なのに」
また、くしゃりと顔を歪める。目から涙があふれ出ている。
バチっとあの時と同じように不吉な音が鳴った。
それでも、ミナミは逃げようとはしない。
「なのに、なんで誰もアタシを見てくれない・・・」
バチバチと音が激しくなり、頬がちりちりと痛む。
槍を突きつけたまま、こちらを睨みつけ泣いている少女の目を
真正面から睨み返す。そして、言葉を返そうとした瞬間、
アイリスの背後から濁ったような、赤茶けた獣が出てきた。
かと思うと、急に汚い青色になり、それから濁った黄色になる。
くるくると色を変えながら、醜い光を放ちながら獣がゆっくりと
低く唸り声をあげてやってくる。
アイリスも獣に気づき小さく悲鳴を上げ、飛び退いて距離をおく。
「こいつだ。さっきまでアタシと戦ってたの」
小さく呟くと、またこちらを睨む。
「お前、戦えないんだろう。足手まといだからそこで見てろ」
と言って獣に挑もうとするアイリスの首根っこを掴む。
「な、何すんだよ!」
「バッカ。お前!逃げるんだよ。決まってんだろ!」
叫んで、アイリスを抱え込んで走る。意外と軽かった。
「な!降ろせ!戦うんだよ、アタシは!」
「自分より強いのとか?それで倒せたら自分は強いってか?
 馬鹿か!何もわかってないな、お前は!自分の周り、ちゃんと
 見てみろよ!お前を見てくれてる奴がいるだろうが!
 お前を心配して、帰りをまっててくれてる奴が!」
「うるさいっ。そんなの・・・」
「認められることばっか考えてんじゃねーよ。お前はまだ子供だ。
 あたしだって、まだ子供だ。子供がいくら背伸びしたって、
 大きくなれたつもりなだけだ。大人になんかなれねぇよ。
 大人になったら強くなれるわけじゃないだろ。大きくなったら
 認めてもらえるわけじゃないだろ。お前はそれをわかってない」
アイリスが暴れるのをやめた。少し考えてから、
「じゃあ、アタシは今のままでいいのか?」
「当たり前だろ。今のままのあんたを見てくれてる奴だっている。
 認められるのなんて、ゆっくりでもいいんだよ。あたしだって、
 認められたわけじゃない。協力してくれるって言っただけだ。
 ゆっくりでいいからさ、いつか認めてもらえる日まで、みんなで
 一緒に頑張ればいいだろ」
腕がつらくなってきた。アイリスを抱えて走るのは限界だ。
獣は追いかけてきているのだろうか。
ちらりと後ろを見ると、思ったよりも近づいてきていた。
「くっそ」
小さく悪態をついて、近くの茂みの飛び込む。
柔らかい草の上にアイリスを降ろす。
「に、逃げるんじゃないのか?」
槍を持って不安そうに聞く。やっぱり、戦うのは怖いのだ。
「ん。ちょっと無理っぽそうだから、いっちょあたしが頑張ってくる」
「なっ・・・」
「平気平気。あいつ撒いたらすぐ戻ってくる。アイリスは、絶対
 ここから動くなよ。絶対無事に連れて帰るって約束したんだ」
獣が近づく気配。かなり早い。
「じゃあ。またあとで」
短くそう言って、駆けだした。獣の前へと飛び出して、茂みから
離れさせるように反対方向へ駆けだした。
思ったよりも、あっさりと獣はミナミを追ってきた。
「あれが亡霊ってやつか・・・」
確かに、この世のものとは思えないくらい醜い。
どれほどの憎しみがあの獣には詰まっているのだろう。
人間は愚かだ。けれど、ミナミも人間。
帰る場所があるから、そこへ帰らなければならない。
息を大きく吸って剣に手をかける。
一息に抜くと、走るのをやめて獣と対峙する。
醜い獣は迷いもなくミナミへと飛びかかってきた。
思わず目をつぶって剣を思いっきり振り下ろした。
ように感じたが、何も起こっていない。
そっと目を開けて周りを確かめようとした瞬間。
「目を開けるな」
深い声が耳に響いた。
「戦いの最中に目を瞑るな。目をしっかり開き、己の敵を見ろ」
「・・・誰」
「目を閉じるな。目を閉じると負けるぞ。目を開けろ。勝つのだ」
声はもう一度、目を開けろと言った。
ゆっくり目を開くと、周りに緑の光が満ちていた。
あの羽と同じ光だった。
目をしっかり開き、前を見据える。獣が飛びかかってくる。
今度は目を閉じなかった。目を開き、敵を見た。
剣を獣の喉元へと突きだした。刺さった感触はなかった。
けれど、確かに刺さっていた。獣は緑の光に包まれ消えていった。
「お前が炎の能力者、ミナミ・ディーパンだな」
目の前にゆっくりと緑の鳥が下りてくる。
驚くほど大きく、そしてとても美しい鳥だった。
「我が同志たちの憎しみを救ってくれたことに礼を言う。
 我は風神と呼ばれていた者だ。ミナミ、お前のおかげで、
 我も、我の同志たちも救われた。有難う」
「あんたが、風神・・・」
「そう呼ばれていた。しかし、我らは神などではない。能力者たち
 と同じ力を持った、ただの動物だ。人間たちを憎み、あのような
 醜い姿になってしまった。神は人など呪わぬだろう。
 しかし、我らは憎んだ。そして、お前がそれを救った。
「あんたは?生き残ってたんだ?」
「そうだ。我だけ生き残り、そして捕らわれていた。
 我が同志の憎しみに。これで、我も自由に飛べる」
風神が嬉しそうに羽を広げる。
その姿は、美しかったが、同時に寂しそうだった。
「風神、寂しくないのか?」
「そうだな。寂しくないと言ったら嘘になるな。この森にいては、
 同志たちを思い出してしまうな」
ミナミは少し考え、パッと顔を上げると、
「じゃあさ、城に来いよ!」
風神は小さな目を数回ぱちぱちさせた。
「我を?城に招くのか?」
「おう。広いし。大丈夫だろ。どうだ?来ないか?」
風神はもう一度目をぱちぱちさせると、くちばしを大きく開けた。
食われるかと思って身構えたミナミだったが、風神のくちばしから
出たのは大きな笑い声。
「ふん。おもしろい娘だ。しかし、我も人間を恨んでいるぞ。
 恩人のお前以外には心を開くことなどないだろう」
「いいよ、別に。でも、みんないい人たちだぞ。
 きっと、こころ、開きたくなるよ。そんな奴ばっかだから」
ニッと笑うと風神はもう一度くちばしを大きくあけ、高笑いをした。
「では、世話になろう」
おかしそうにそう言うを大きく翼を広げ頭を下げた。
鳥の挨拶なのかな、と思いつつミナミも頭を下げる。
「よろしくな。フータ」
たった今思いついた名を言うと風神は唖然とした。
「ミナミー!」
遠くでミナミを呼ぶ声がする。
あれは、ユウヤだな。アイリスが呼んできたのか。
帰ったら、みんなきっとびっくりする。
なにせ、風神を連れて帰るのだから。
それで、心配かけてごめんってアイリスと謝って、それからアイリ
スと仲直りをしよう。長い喧嘩だった。
でも、帰る場所があるのはこんなにも幸せなんだ。
アイリスにも、風神にもそれを知ってもらわなくちゃな。
自分を呼ぶ声に答えながら、ミナミはそんなことを思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
ふぅぅぅー。あたしは一体なんなんだろう。
駄文すぎて反吐が出ちゃうぜ。うふふ。
次からやっと敵国との絡みが書けるかな?
書けたらいいね。うふふ。(おい